医療・半導体を揺るがすヘリウム供給不安、使用済みガス再利用という処方箋
カタール産ヘリウムの供給途絶とホルムズ海峡リスクが医療・半導体現場を直撃する中、使用済みヘリウムの回収・再生技術がどこまで構造的リスクを緩和できるのか、技術的実現性とコスト構造から検証する。
カタールは世界のヘリウム供給量の30〜38%を生産していますが、2026年に入りその供給が途絶えました。唯一の輸出ルートであるホルムズ海峡は2026年3月以降、供給リスクにさらされ続けています。医療現場のMRIから半導体工場のウェハ製造まで、代替の利かないガスの供給網が揺らぐなか、使用済みヘリウムを回収して再利用する技術がにわかに注目を集めています。本稿では、この「再生」という処方箋が構造的な供給リスクをどこまで和らげられるのか、技術面とコスト構造の両面から検証します。
医療・半導体現場を直撃する供給ショック
ヘリウムは沸点が絶対零度に近い希少な液化ガスであり、超電導磁石の冷却や半導体製造の熱管理に不可欠な素材です。
医療分野では、ヘリウム需要の7割がMRI装置の超電導磁石冷却に向けられているとされ、中東からの輸入途絶は医療現場に強い危機感をもたらしています。半導体分野でも、ヘリウムはウェハの品質を左右する熱管理・汚染制御プロセスに代替不可能な形で組み込まれており、新たな供給が確保できなければチップの歩留まりが低下しかねないと指摘されています。
使用済みヘリウムを回収する「処方箋」
こうした供給不安に対し、国内では気化したヘリウムを回収・液化して再利用する仕組みづくりが広がっています。岡山大学は中四国・播磨地域の8大学・機関と連携し、低温研究で気化したヘリウムを回収して再液化するリサイクルネットワークを構築しました。学術機関を中心に、限られたヘリウム資源を域内で循環させる発想が定着しつつあります。
学術機関の中では理化学研究所の取り組みが先行しています。外部調達に依存しない循環モデルが、供給途絶時のバッファーとして機能している格好です。
| 調査対象 | 2025年市場規模 | 2032年予測市場規模 |
|---|---|---|
| 液体ヘリウム回収・精製一体システム | 3.20億米ドル | 5.061億米ドル |
| ヘリウム回収精製システム全体 | 6億4,200万米ドル | 11億7,000万米ドル |
YH Researchの初期調査によると、蒸発ヘリウムを回収・精製・再利用する装置は、ヘリウム消費量の削減と資源利用効率の向上に加え、極低温設備の安定運用と資源供給の安全性を高める製品価値が評価され、需要が拡大しています。
コスト構造の逆説――節約が価格高騰を招く
もっとも、回収・再生の普及が必ずしも経費削減に直結するとは限りません。再利用によってヘリウムの購入量が減りすぎると、ガス供給会社との価格交渉で単価が上がってしまうケースがあり、ヘリウムの節約が必ずしもコスト削減につながらないという逆説的な構造が指摘されています。学術機関が回収インフラに投資しても、供給契約全体の中では購入量減少がかえって不利に働く場合があるということです。
Business Research Insights(2026年)によると、世界のヘリウムガス市場は2026年に22億3000万ドル規模から、2035年までに36億6000万ドルへ拡大すると予測されており、2026年から2035年にかけての年平均成長率(CAGR)は5.3%とされています。別の調査でも、ヘリウム市場は2025年時点で64億1,000万立方フィート規模とされ、供給リスクのヘッジを目的に欧州などで調達先の多様化が進んでいることが示されています。
再生技術は構造的リスクをどこまで緩和できるか
使用済みヘリウムの回収・再生は、理化学研究所や岡山大学の事例が示すように、供給途絶時の即応バッファーとして一定の効果を発揮します。一方で、回収技術はあくまで既存のヘリウムを域内で循環させる仕組みであり、カタール産ヘリウムのようにそもそも新規供給量そのものが失われる事態には、根本的な解決策にはなり得ません。回収率を極限まで高めても、外部からの新規調達がゼロに近づけば、循環できる母数自体が先細りしていくためです。
私は、回収・再生技術は供給ショックの「時間稼ぎ」として極めて有効だと考えます。しかし医療現場のMRI需要や半導体産業の熱管理需要のように用途が代替困難な分野では、回収インフラの整備と並行して、調達先の多様化や新規ガス田・随伴ガスからの回収拡大といった供給側の対策を同時に進める必要があります。ヘリウム循環の仕組みが全国に広がりつつある今こそ、価格交渉力の逆説的な低下といったコスト構造の課題にも目を向け、回収技術への投資が現場の負担増にならない制度設計を急ぐべきだと思います。
参考文献
- 1.YH Research「液体ヘリウム回収・精製一体システム業界レポート:世界シェア」(2025年)
- 2.「2026年におけるヘリウムの供給不足」(2026年)
- 3.日本物理学会「中東情勢に伴うヘリウム供給リスクへの緊急コメント」(2026年4月)
- 4.「価格高騰で〝危機〟も、ヘリウム循環の仕組みが全国に広がる」(2026年)
- 5.「岡山大学、ヘリウム回収・再利用 産学連携 液化インフラ・人材育成」(2026年)
- 6.Business Research Insights「ヘリウムガス市場規模と見通し、2026~2035年」(2026年)
- 7.「ヘリウム供給懸念に『リサイクル』で挑む…中東から輸入が途絶え 用途の7割がMRI、医療現場の危機感は」(2026年)
- 8.「ヘリウム回収・精製システムの世界市場(2026年~)」(2026年)
- 9.「ヘリウム:市場シェア分析、業界動向と統計、成長予測(2026年~)」(2026年)


