人の心を読むAI、国が開発へ――脳科学に本腰、安全保障・倫理に課題
政府が人間の脳活動からリアルタイムで意図や感情を推定するAI技術の研究開発に本格着手する方針を固めた。安全保障への活用が期待される一方、倫理的な問題の整備が急務となっている。
政府は、人間の脳活動データをもとに思考・感情・意図をリアルタイムで推定するAI技術——いわゆる「心を読むAI」——の研究開発プロジェクトに本格的に乗り出す方針を固めた。複数の省庁が連携し、国内の大学・研究機関と共同で推進する体制を構築する方向で調整が進んでいるとみられる。AIと脳科学を掛け合わせたこの分野は海外でも開発競争が激化しており、日本が出遅れを取り戻す狙いもある。
「心を読むAI」の基盤となるのは、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)や脳波(EEG)などで取得した脳活動データを大規模言語モデルや深層学習モデルと組み合わせる手法です。近年の研究では、被験者が見た映像や想起した言葉を一定精度で再構築することが可能になってきており、技術的な実現可能性は飛躍的に高まっています。米国やEUでも民間・政府レベルでの研究投資が拡大しており、日本政府はこの動きに対応する形で国家プロジェクトとして位置づける考えです。
政府が特に力を入れる方向性の一つが安全保障分野への応用です。具体的には、航空機や艦艇の操縦士の集中度・疲労状態をリアルタイムで把握したり、サイバー攻撃対処やインフラ監視を担うオペレーターの認知負荷を自動検知したりするシステムへの活用が念頭に置かれているとみられます。こうした「人機協調」の高度化は、防衛省や関係機関がここ数年検討を続けてきた課題でもあります。
一方、倫理・法制度面での整備が大幅に遅れていることは、専門家や業界関係者の間で広く指摘されています。脳活動データは究極の個人情報とも言われ、本人の意図しない思考内容が第三者に把握されるリスクは、既存のプライバシー保護法制の想定を大きく超えています。欧州では「神経的権利(NeuroRights)」という概念が法的議論の俎上に載り始めており、チリは2021年に神経データ保護を憲法に明記した世界初の国となっています。日本では現時点でこれに相当する法的枠組みが存在せず、早急な制度設計が求められます。
また、軍事・治安目的への転用を懸念する声も根強くあります。取得した脳データを本人の同意なく捜査・尋問に利用することや、敵対勢力の意思決定者の心理状態を遠隔で推定するような用途は、国際人道法や人権規範との整合性において深刻な問題をはらんでいます。国内でも市民社会や学術コミュニティから、研究の透明性確保と目的外利用を禁じるガバナンス枠組みの策定を求める意見が出始めています。
医療分野では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など重度の運動機能障害を持つ患者が意思を伝えるためのブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)への応用が既に進んでおり、こちらは福祉的意義が高いと評価されています。今回の国家プロジェクトがこうした医療・福祉用途と安全保障用途をどのように切り分けて管理するかが、今後の制度設計における重要な論点になるとみられます。
今後の展望としては、政府が関連予算を2027年度概算要求に盛り込むかどうかが一つの注目点となります。技術の進展スピードは速く、数年以内には限定的な実用化も視野に入るとみられますが、社会実装にあたっては倫理指針の策定、個人情報保護法制の見直し、国際的なルール形成への関与が不可欠です。「心を読む」技術が人類にとっての恩恵となるか、それとも新たな監視・管理の道具となるかは、技術そのものではなく、それを取り巻く制度と社会の選択にかかっていると言えるでしょう。
