地震被害でもTSMCが熊本を見限らない理由――台湾外分散戦略の核心
相次ぐ地震でTSMCの熊本工場が稼働停止を余儀なくされる事態が続く中、同社は熊本への先端半導体工場建設を継続する方針を維持している。台湾集中リスクの分散という地政学的合理性が、自然災害リスクを上回るとの判断が背景にある。
世界最大の半導体受託製造企業、台湾積体電路製造(TSMC)は、熊本県での工場建設計画を継続する意向を示しています。2024年2月に開所した熊本第1工場(JASM)に続き、第2工場の建設も進む中、熊本地方を震源とする地震による工場の稼働停止が相次ぎました。それでもTSMCが熊本への投資姿勢を崩さない背景には、単なる生産能力の拡大だけにとどまらない、地政学的・戦略的な深い事情があります。
熊本への半導体産業集積は、TSMCの進出を契機に加速しました。ソニーセミコンダクタソリューションズやデンソーなどの大手企業が出資するJASMの第1工場は、12ナノメートル台から28ナノメートル台のロジック半導体を生産しており、車載用や産業用途向けの供給拠点として機能しています。地元経済への波及効果も大きく、関連サプライヤーの進出が続くことで、熊本県はいまや日本における半導体産業の一大拠点へと変貌しつつあります。
今回の地震による稼働停止は、立地リスクとして改めて注目を集めました。熊本県は2016年の熊本地震でも大規模な被害を受けた経緯があり、地震大国・日本における工場立地の脆弱性は業界関係者の間でも議論になっています。実際、製造業全般において、地震発生後の点検・復旧作業に要する期間は数日から数週間に及ぶ場合があり、半導体のような精密製造工程では微細な振動でも生産ラインへの影響が出うるとされています。
それでもTSMCが熊本を見限らない最大の理由は、「台湾集中リスク」の分散にあるとみられます。台湾は世界の先端ロジック半導体生産能力の過半を占めており、台湾海峡を巡る地政学的緊張が高まる中、主要顧客である米国・日本・欧州の半導体利用企業は、台湾一極集中からの脱却を強く求めています。熊本工場はその文脈において、政治リスクへの「保険」として機能する戦略的位置づけを持っており、自然災害による一時的な稼働停止リスクは、地政学リスクと比較して許容範囲と判断されているとみられます。
日本政府の支援姿勢も、TSMCの意思決定を後押しする大きな要因です。経済産業省は半導体・デジタル産業戦略の柱の一つとして国内半導体製造基盤の強化を掲げており、JASMへの補助金は第1工場だけで最大4760億円規模(報道ベース)に上るとされています。国を挙げてのバックアップ体制は、民間企業単独では判断しにくい大規模投資の不確実性を低下させる効果があります。
また、熊本という立地には産業インフラ上の優位性もあります。九州大学や熊本大学など半導体関連の研究・人材育成機能を持つ大学が近隣に存在するほか、水資源が豊富な点も半導体製造に必要な超純水の安定供給という観点から評価されています。さらに、国内外のサプライヤーが周辺に集積しつつあり、エコシステムとしての成熟度が高まっていることも、継続投資の合理性を支えています。
今後の見通しとして、TSMCによる熊本第2工場は6ナノメートル台の先端プロセスを採用する計画とされており、第1工場より高付加価値の製品を生産する見込みです。地震リスクへの対策として、建屋の耐震強化や迅速な復旧体制の整備が一層求められることになるとみられ、日本の建設・防災技術との組み合わせがカギを握りそうです。半導体サプライチェーンの多極化が世界的潮流となる中、熊本が「第二の台湾」とも呼ばれる半導体拠点へと発展できるか、引き続き注目が集まります。
